30start’s diary

e mali u e 「歩こう歩こうわたしは元気♪」

嫉妬されない法則


その人の働きに見合った対価を受け取っているんだなと理解されていれば、嫉妬など起きない



どうも人間は「楽」して成果の果実を受け取っているなと「感じる」ものに憎しみのような怒りを感じる仕組みになっているようだ



実際はそうでなくとも、、



それなりの「苦労している」というイメージ

を持つ者には優しくできるとはそういうことだろう



てことは全ての人は苦労している苦労好きとなる



人間元来の働きの性質だ



わたしだって苦労してるのだから、あなただって苦労して然るべきだと平気で思うのである


無言の人間たちの圧力だな



と言う見方もあれば、視点をズームアウトしてみると、






人が通じ合えてる感覚になるときって



わたしの苦労をわかってくれている


苦労というか、「労力」の方がしっくりくるな


「労力」とは


「価値を生みだすための働き」


ということだ


「自らの働き」を理解されたら嬉しいと素直に思う生き物なのだ



そして、「相手の働き」も理解したいと思う生き物なのだ



それが自他共に重んじる尊重となる



わたしも労力している(動詞で使ってみる)のだかは、あなたも同じく労力して然るべきだ


そしてそれは私達人間の元来の幸せな働きであるというアイコンタクトのサインならぬ、「阿吽の呼吸」なのだ



きっとこの通じ合っている感覚が気持ちいいのだろう




「わたしだってあなたと同じく労力しているのよ」



「価値を生み出しているのよ」



と体現し合えるのは人間の幸せのようだ



そうじゃなければ、



「どうしてわただけあなたと違ってこんなに労力してるのよ!」


となってしまうもんだ



「わたしだけ」の労力など存在しない

これでは文章は未完成である




この文章には続きがある、、これは構文である



「どうしてわたしだけ〜と違って」〜〜

「わたしだって〜と同じく」〜〜



構文である






「わたしだってあなたと同じく労力してるのよ!」



そして、



「その労力を分かってほしい」



「労力の対価は与えられるべきだ」



という願いだ



労力に見合った対価が得られないことへの怒りである



自由な時間、自由なお金、自由な環境、、



全てはわたし自身の労力により当たり前のように与えられるものである



見合った対価が与えられない環境であれば、環境を変える他ない



価値の測定に誤りがないかどうかは社会に出てみて感覚をつかむしかない



親が子供へ給料というお小遣いを与えないのは、完全なる不当な扱いである



子供が社会へ出たときに全てバレるのだから



親がコントロールし続けられるなど、犯罪レベルの虐待以外はありえないのである



家族は最小単位の健全な組織なのだから



ただ働きさせるなど、人身売買と同じのような感覚だ



農家出身の家系はそんな感じで見合い結婚させる歴史がある



なんで俺だけ!なんでわたしだけ!



となれば、



俺だって!わたしだって!労力しているのだ




これは間違いないし、頭おかしい発言ではない



子供であれば、子供もしかるべき対価を与えられるのが健康的だ



子供だってしっかり家族の中で働きをしている


十分に価値を生み出している


親を親にしたり、親に未来を見せたり、親に希望を与えたり、親に家族を与えたり、、、与え続けている



その価値がわからぬ親はアホだ



アホにも種類がある



腐るアホと発酵するアホがある



腐る側のアホは見習話ない方がいい



アホの腐敗臭は伝染するから相手にしないが得策だな



発酵する側のアホを目指して生きるのがいいな



「味噌くさい味噌になるな」とよく言われたものだ



で、ここでの問題になるのが、


そんな俺やわたしの労力に対する働きを与えられる環境にいるもんはどうすんねん!



と言う訴えである




むふふ、、、大丈夫!




卑屈になる必要などない



全て労力に見合った対価は与えらるのが自然の法則なのだ



自然の法則は人間ごときが都合よくコントロールできるものではない



んなこと言ったって与えられてないんだけど、、という者は虚数空間のイメージ力を鍛えたらいい



今は目に見えない虚数空間に全て貯金されている



銀行口座の数字には見えない虚数空間にある口座に数字じゃぶじゃぶ流れてるから、それは時間差で受け取れるようになっている


自分の都合で引き落とせない口座のように見えるが、本当に必要な時がくれば必ずエネルギーが流れ出してくるから大丈夫である


これは誰にも邪魔できない自然の流れ、川の流れそのものである


流れを無理に塞きとめる者は流れに飲まれるだけであるから逆らうことはできないのだ


今銀行口座に金がないものは、宇宙バンクの虚数口座に集中すればいい



信じようが信じまいが、これは法則であるからそうなるしか道はないのだ



誰にもわかってもらなえない環境であれば、それは人には見えない「陰徳」を積んでいるだけであるから何ら問題ない



自らの働きが自らの口座に振り込まれないなどいう腐ったアホな法則など存在しない



全てはわたしの口座に流れ込んでいるのは、確実なのだ



でなければ、この世界は成り立たないのだ



循環などありえなく、人間がここまで生き延びることさえ不可能なのだ



人間は自然の一部なのだから



大丈夫なのだ



陰徳、陰徳、、一休み、一休み、、笑