30start’s diary

e mali u e 「歩こう歩こうわたしは元気♪」

うまくできない と 愛されない

先程の下りから、、



うまくできないことから愛されないと思うってどういうことだろうか?


 うまくできないと強烈な恐怖がくる


嫌だ!っと力にできればいいが、恐怖から走るのは何だか違う気がする



死の恐怖か、見捨てらる恐怖かが襲ってくる



うまくできない!って、うまく情報が受信できないときと同じと仮定する。



うまくできない、


失敗するかもしれない


わたしが失敗したら、母親に見捨てられる、母親に殺されると流れる



つまり、わたしが失敗したら、母親の発作が起きるのではないか



わたしの失敗や鳴き声が合図で、母親に死の恐怖のトラウマが発動するとする

パニックだな



わたしの失敗と鳴き声がくっついて、


わたしが失敗することで、


母親の「人の話を聞く」「情報を受信する」ときのデータキャパオーバー発作が起きてしまう。


「人の話を聞く」と「わたしの話を聞いてくれない」のダブルで発作がおきて、


わたしは、「母親の死の恐怖」をキャッチするのか、


もしくは、


わたしは、「話を聞いてくれない」でわたしの「死の恐怖」に繋がってしまうのか。



もしくは、



失敗すること自体が、「話を聞いてくれない」 「助けてくれない」「愛してくれない」になるのか。



成功すると「話を聞いてくれる」「愛される」と条件づけされてしまうと、


「失敗する」で「話を聞いてくれない」「助けてくれない」「見捨てられる」「愛されない」の恐怖となるのではないか。



いずれも、情報通信の問題である。