30start’s diary

e mali u e 「歩こう歩こうわたしは元気♪」

お誘いを断り「やっぱりな」とわかること。


やっぱりなぁ〜って思うことってあるんよな。



男性から会ってくださいというオファーをさっき断ってみて、




「ほら、やっぱりなぁ〜」



って、なった。




てことは、ちゃんとわたしわかってんだよな。




相手が描いたり妄想したりしてる、


その場面設定、シチュエーションとか、


マジいらんわって、おもんないわって、


どっかで思ってるときに起こってる気がする。



別に相手自身を貶してるわけでも、蔑んでるわけでもなく、自分がお高くとまってるわけでもなく、



相手が描いてるもの、スクリプト、ドラマ、妄想、やりとり、受け答え、手順、攻め方、攻略の仕方、周り方、、



全てにおいて、あまりに幼稚でしょーもなかったり、自己満足だけのためのものだったりして、



そこに「美学」が感じられないってだけだ。



美しさ、ロマンチックさ、丁寧さ、攻め方、って人により好き嫌いはあるものの、



万人に共通する、受け入れざるおえないような、自然に惹かれる



「美学」ってあるよね。



こういう攻め方されたいっていう、



お互いの「やりとり」とか



「たしなみ」ってあるよね。



好きな攻められ方、おわって唸りたくなる攻め方、思わず感動する攻められ方ってあるやんね。



「おおっ!そうくるか!!」



みたいな。。ね。



日本人はそれを「おもてなし」っていうよね。



要は、世界に通用する、美学に通じる、真理に通じる、



極上の「もてなしのされ方」が、



日本人の根底にあるってことだよね。



わたしらは、生きてる限り、



「欲を満たす必要がある」



だからこそ、



「欲の満たし方、欲の満たされ方」



を学ぶんだと思う。



気持ちいい満たされ方ってある。



人は、されて嬉しかった記憶があるから、


人にも同じようにして喜ばせることをしてあげられる。



「されて嬉しい欲の満たされ方」

=(OMOTENASHI美学 3.0ver.)みたいな笑



で、今日の彼の、攻め方とか、美学もくそもなかったわけよ。



もっと女性のこととか、マナーとか、

勉強してくれって思った。



だいたい、「安くすまそう」思考が至るとこに滲み出てる男にロクなやつはいない。



それは、「美学」ではなく、



成長のない、、「退化」「没落」「自己満足」「幼稚」「ままごと」「子供だまし」「未熟」「怠慢」「傲慢」「手抜き」「家畜」「見栄」「無教養」「腐敗」、、



そう、「美学」はかならず、成長の基盤になるので、そこに美学的なストーリー性が込められていれば、必ずそのストーリーに触れられる人によって、大きく成長し続けていくもんだ。



しかし、そこに「美学」が感じられなければ、それは、それ以上に成長する余地がない。だって、人に触れられたり、読まれたり、語られたり、伝承されたり、口コミされたりする、温かいストーリー自体が、そこには感じられないから。



成長したくても、する余地はなく、そのままボツになる。ゴミ箱行きなのだ。腐るしかないのだ。



だかは、「美学」の反対は、


「荒廃・腐敗・枯渇」の三拍子だな。



しかも、人との関係性において、美意識ストーリーは築かれるのだから、



「美学」は、「2つ以上の関係性」において、初めて生まれる「気づきの意識」であると思う。



独りよがりで、相手との関係性や容態や身体の状態を無視して自己欲を満たすものしか見てない時点で、意味不明になる。



「関係性の美学」ってつけといた方がええよな。



全てを相対的なバランスの比率思考と角度思考とフラクタル思考で捉えた方がいい。



つまり、世界が閉じてて腐ってる人に対しての嗅覚が働いて、やっぱりなってなってんだな。さすが人間!!日本人は鼻がいい!!



自分の都合だけで、関係性を全く無視して、リフォードを簡単にゲットしようなんて、お尻青すぎよね。



そのストーリーは、ボツでゴミ箱行きだ。



足引っ張られてんじゃなくて、相手のスクリプト原稿はボツね、もう一回やり直してって、赤ペンチェック入れてただけよな。



出直してくれたらそれでいいんだけど、なかなか単なる赤ペンチェックを受け入れられなかったり、人間は繊細なもんで、わたしも含めてかなりショック受けるよね〜



けど、ここで、泣きたくなる〜って、やり直しできないと、本当に勿体ないんだよな。



やり直しすれば、また使えるものを、

赤ペンにソッポ向いてほったらかして見ないまま放置したら、もうそこで終わりやからな。



終わらすのもの自分や。

他人は必ず赤を入れるもんや。


チェック大好き人間やからなぁ。



「関係性の美学」「おもてなしの美学」

「食べられ方の美学」「攻められ方の美学」




美しきを学ぶ。




そんな今宵レッスンを、あの彼から教えてもらえた。ありがとう。


「自分がどうしたいか」に囚われた20代。


「自分がどうされたいか」に移行した30代。


自分に一体何ができるかとか、どうせ考えたって何もできないんだから。



その次に陥る、自分はどう在りたいとか、考えたって、どうせ支配力を増したいとかしかないんだから。それで他人を諭せる気になってるおバカはん。



だから、「自分はどうされたいか」を大事にしていけると、欲しくない関係性が切れていく。



「されたいようにしてくれる人」だけと付き合える。



されたいようにしてくれない人、要らんでしょ?笑



されたくないことしてくるやつ、

「迷惑行為」でしかないですね。



だから、大事。



「されたい扱われ方」が一番大事。



その中に、

自分が好きな仕事のやり方とか、

愛好家精神とか、

大事にする心とか、


トータルで磨かれていくんじゃないかな。


だから、どうでもいい、「自分が本当にやりたいこと」って何だろうか?とか、どーでもいいし、考える必要ないし、考えたって、わかるわけがない。



「されたい扱われ方」を見つめなおして、

成長させて、何度も繰り返し反芻する経験を増やしていけば


それやってくれる人たちと繋がっていれば、後は何も要らないんだ。



要らない人はマジで要らないんだよ。


それが人の成長なんだ。